ステレオスコープ(立体鏡)|写真より先に生まれた、ヴィクトリア朝の3Dビューワー

ステレオスコープ(立体鏡)写真より先に生まれた、ヴィクトリア朝の3Dビューワー

ホームズ型ステレオスコープ

1832年イギリス発光学玩具3Dの元祖

ステレオスコープは、少しだけ視点をずらして撮った2枚1組の写真(ステレオカード)を、左右のレンズ越しにのぞいて立体視する装置。日本語では「立体鏡」。立体視の原理は写真の発明より前に発見されており、ヴィクトリア朝の欧米で「茶の間の3D」として大流行した。VRヘッドセットの直系のご先祖にあたる。

現在入手困難 — 製造は途絶え、骨董市場・博物館で出会える

写真: Davepape, CC0, via Wikimedia Commons(ホームズ型ステレオスコープの複製。木の台にステレオカードを差して使う)

基本スペック

発祥
イギリス(1832年ごろ)
考案
チャールズ・ホイートストン
普及型
ブリュースター型・ホームズ型
分類
光学玩具・立体視ビューワー
ソフト
ステレオカード(2枚1組の写真)
入手状態
製造終了(骨董・博物館)

特徴

  • 右目と左目にわずかに違う写真を1枚ずつ見せると、脳が2枚を重ねて奥行きを復元する。両眼視差という、いまの3D映画やVRと同じ原理
  • 立体視の原理そのものは、写真の公表(1839年)より前に手描きの図形で実証されていた
  • カードは差し替え式。世界の名所・事件・喜劇を写したステレオカードが大量に売られ、居間にいながら世界旅行ができた
  • 米国で標準になったホームズ型は、考案者があえて特許を取らなかったため安価に量産された
  • リール式のビュー・マスター(1939年〜)、そして現代のVRヘッドセットへと、二眼立体視の系譜が続いている

誕生と歴史

1832年ごろ
イギリスの物理学者ホイートストンが、2枚の鏡で左右の絵を別々の目に見せる鏡式ステレオスコープを考案する
1838年
6月21日
ホイートストンが王立協会で両眼視差の論文を発表。人が奥行きを感じるしくみを、手描きの幾何学図形の立体視で実証した
1839年
ダゲレオタイプ(銀板写真)が公表される。立体視の「ソフト」になる写真がここで初めて手に入った
1849年
スコットランドのブリュースターが、手に持てる小型のレンズ式ステレオスコープを発明する
1851年
ロンドン万国博覧会(水晶宮)でブリュースター型が展示され、ヴィクトリア女王が称賛。これを機に大流行が始まり、短期間に25万台が作られたと伝わる
1861年
アメリカの医師・随筆家オリバー・ウェンデル・ホームズが、安価な手持ち型を設計。特許を取らなかったため各社が量産し、米国の標準型「ホームズ型」になる
1900年代
世界の名所を巡るステレオカードのセットが全盛期を迎える。明治の日本の風景や暮らしも、盛んに被写体になった
1939年
リール式の後継機ビュー・マスターがニューヨーク万博で発表され、立体視は次の世代の玩具へ引き継がれる
現代
VRヘッドセットが同じ両眼視差の原理で映像を立体化している。190年前の発見が、そのまま最新機器の土台になっている
写真より先に、3Dがあった

意外なことに、立体視の装置は写真より年上になる。ホイートストンが鏡式ステレオスコープを考案したのは1832年ごろで、ダゲレオタイプの公表より7年ほど早い。当時はまだ見せる写真がないので、実証に使ったのは手描きの幾何学図形だった。1839年に写真が生まれると「立体視のソフト」が一気に揃い、この装置は花開くことになる。ハードがソフトを待っていた、めずらしい発明といえる。

ホイートストンの鏡式ステレオスコープの図

図: Popular Science Monthly 第21巻(1882), Public domain, via Wikimedia Commons(ホイートストンの鏡式。中央の鏡A・A'が左右の絵E・E'を別々の目へ映す)

万華鏡の人、ふたたび

携帯型に改良して流行の火を付けたブリュースターは、万華鏡の発明者と同じ人物。1849年にレンズ式の小型ステレオスコープを発明し、1851年のロンドン万博でヴィクトリア女王に称賛されると、ステレオスコープはヴィクトリア朝の居間の必需品へと駆け上がった。30年の時を置いて、二度も「のぞく玩具」の大流行を仕掛けたことになる。

ブリュースターの1849年ステレオスコープの図

図: Popular Science Monthly 第21巻(1882), Public domain, via Wikimedia Commons(ブリュースターの1849年型。ふた付きの箱に接眼レンズが2つ並ぶ)

特許を取らなかった医師

米国で標準になったホームズ型の設計者オリバー・ウェンデル・ホームズは、ハーバード大学の医学教授にして人気随筆家という異色の人物。ステレオカードの熱心な愛好家で、1861年に軽くて安い手持ち型ビューワーを設計すると、あえて特許を取らずに公開した。おかげで各社が自由に量産し、ステレオスコープはアメリカの茶の間の定番になった。発明で儲けなかった人の名前が、いちばん広く残った。

ステレオスコープをのぞく少年を描いた1922年の雑誌表紙

画: Norman Rockwell, Public domain, via Wikimedia Commons(『サタデー・イブニング・ポスト』1922年1月14日号表紙。茶の間の定番だった時代の空気を伝える)

しくみ

1

人の左右の目の間隔ぶんだけ視点をずらして、同じ場面を2枚撮る。並べて刷ったものがステレオカード。

2

カードをビューワーに差し、左右のレンズをのぞく。仕切りとレンズの働きで、右目には右の写真だけ、左目には左の写真だけが見える。

3

脳が2枚のわずかな違い(視差)から奥行きを計算し、1つの立体像に合成する。写真の中に入り込んだような遠近感が生まれる。

いろいろなステレオカード

ソフトであるカードには、名所・報道からトリック写真まで、あらゆるジャンルがあった。

幽霊が現れるトリック写真のステレオカード
トリック写真「ステレオスコープの幽霊」(1857〜59年ごろ)。二重露光の幽霊が立体で浮かぶ趣向で、「ブリュースター卿の発案による」と刷られている。
写真: Rijksmuseum所蔵, CC0, via Wikimedia Commons
明治日本の稲こきを写したステレオカード
「駿河湾のほとりで稲をこく農婦たち」(H.C.ホワイト社・1906年ごろ)。明治日本の暮らしは世界旅行カードの人気の被写体だった。
写真: F. B. Johnston撮影・米国議会図書館所蔵, Public domain, via Wikimedia Commons

メモ

  • ブリュースターは万華鏡の発明者でもある。この図鑑では万華鏡のページに続いて二度目の登場になる。
  • 幽霊もののトリックカードは、幻灯機のファンタスマゴリア以来の「光学機器でお化けを見せる」伝統の続きでもある。
  • 日本には幕末から明治にかけて伝わり、「立体鏡」「双眼写真」などと呼ばれた。
  • 三鷹の森ジブリ美術館では、限定のステレオスコープと立体写真カードが作られたことがある。
  • ホームズはステレオスコープについての随筆も残しており、「ホームズ型」の名前は設計者への敬意として定着した。

入手について

ステレオスコープは現在製造されておらず、新品で買うことはできない。ただしホームズ型は米国で桁違いに量産されたため、骨董市場では今も比較的よく見つかる部類で、ステレオカードとセットで流通している。博物館の写真史・映像史コーナーでも定番の展示品。リール式のビュー・マスターやスマホ用の簡易VRゴーグルなど、同じ原理の子孫は現行品で手に入る。

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