羽子板・羽根つき

羽子板・羽根つき無患子の玉と、歌舞伎役者のブロマイドと、大谷翔平の羽子板

江戸押絵羽子板(藤娘の題材・飾り台と羽根つき)

14世紀〜正月遊び縁起物

羽子板は、木の板で羽根を打ち合う正月の遊び道具。相手のいる「羽根つき」用の板と、飾って眺める「押絵羽子板」の二本立てで残っている。サムネイルは現代の江戸押絵羽子板の一例。歌舞伎の女形の姿を布と綿で立体に仕立て、飾り台と一対の羽根まで一揃いで作る、元禄期から続く工芸品の完成形。羽根の黒い玉は無患子(むくろじ)という木の実で、「子が患わ無い」の語呂から女児の魔除けの縁起物になり、江戸期には初正月に贈る風習が定着した。飾り羽子板の絵柄は歌舞伎役者のブロマイド、政治家、ヒーロー、そして毎年の話題の人物へ。360年続く浅草の羽子板市には、2024年、大谷翔平の羽子板が並んだ。

写真: Yoshio Kohara, CC BY 3.0, via Wikimedia Commons

基本スペック

古い呼び名
胡鬼板(こぎいた)/羽根=胡鬼の子・つくばね
羽根の玉
無患子(むくろじ)の実。黒く硬い天然の球
起源とされる遊び
毬杖(ぎっちょう)=正月の宮中打毬
押絵羽子板の成立
江戸・元禄期(17世紀末〜18世紀初頭)
主産地
東京(江戸押絵羽子板は都伝統工芸品)/埼玉県春日部
入手状態
現行(押絵羽子板・遊び用とも)

特徴

  • 形が二種類。相手の羽根を打ち返す「羽根つき」用の実用板と、女児の初正月に飾る「押絵羽子板」の観賞用。同じ名前で用途がまったく違う
  • 羽根の玉は無患子の実。木の名前を「子が患わ無い」と読み替えて、女児の厄除けの意味が付いた
  • 羽根の姿がトンボに似ることから、蚊を食べるトンボにあやかって「羽根つきをすれば蚊に食われない」という夏の厄除けの説もあり、女児の健康祈願と重ねて語られてきた
  • 負けたら顔に墨を塗る風習が江戸の羽根つきの定型で、浮世絵にも描かれる

誕生と歴史

奈良〜
平安期
宮中の正月遊び「毬杖(ぎっちょう)」=木の球を杖で打ち合う遊びが行われる。羽子板遊びの祖形とされる
室町期
正月の宮中で女官が「胡鬼板(こぎいた)」を打ち合う記録が現れる。羽根=胡鬼の子。1432年の『看聞御記』に「こぎの子勝負」の記述
戦国〜
江戸初期
羽子板を女児の魔除けとして贈る風習が武家から町人へ広がる。羽根の玉に無患子(むくろじ)=「子が患わ無い」の音を当てた縁起解釈が定着
1659年頃
両国橋の架橋を境に、浅草寺で12月17〜19日の「歳の市」が立つ。正月用品と縁起物を並べる市で、後の「羽子板市」の起点
元禄期
押絵の技法(絵柄を布と綿で立体に仕立てる)が羽子板に応用される。歌舞伎役者の似顔が板に載る「役者羽子板」が江戸で人気になる
幕末〜
明治
絵柄が政治家・軍人・力士に広がり、時事ネタを載せる「変額羽子板(変わり羽子板)」の系譜が続く。写真術の登場と競い合いながら、庶民のブロマイド文化として生き残る
1982年
江戸押絵羽子板が東京都の伝統工芸品に指定される
現在
浅草寺の羽子板市(12月17〜19日)は約360年続く年末の風物詩。約1万枚の羽子板が並び、その年の話題の人物が「変わり羽子板」として載る。2024年は大谷翔平・藤井聡太らが登場

宮中の遊び道具から、女児の厄除けの縁起物へ、そして江戸の路上ブロマイドへ。ひとつの板の意味が三度書き換えられて今に残っている。以下、書き換えの節目を3つ。

黒い玉は無患子

羽根の黒く硬い玉は、無患子(むくろじ)というムクロジ科の落葉高木の実の核。木の名前は本来「子が煩わない木」の意で寺社に植えられ、種は数珠にも使われた。同じ音を「子が患わ無い」と読み替えて、羽子板と羽根を女児の厄除けに結び付ける解釈が中世末から江戸初期にかけて広まる。付け足しで、羽根の姿がトンボに似るところから「トンボは蚊を食べる→羽根つきをすれば蚊に食われない」という夏の厄除けの俗説も生まれ、健康祈願の意味が二重に重なった。無患子は東アジア原産で今も国内で採取できるが、押絵羽子板の飾り用羽根はプラスチックの球で軽く作られるようになった。遊び用の羽子板だけが、今も本物の無患子の実を付けて売られている。

羽子板と羽根(アムステルダム国立美術館蔵の版画)
羽子板と羽根の版画(19世紀・アムステルダム国立美術館蔵)。羽根の黒い球が無患子の実。
写真: Rijksmuseum, CC0, via Wikimedia Commons
路上のブロマイド

元禄期の江戸で、押絵の技法(型紙で切った布に綿を詰め、立体感を出して板に貼り付ける工芸)が羽子板に応用され、歌舞伎役者の似顔を板に載せる「役者羽子板」が生まれた。舞台の演目に合わせて新作が刷られ、贔屓の役者の板を買って玄関に飾る。写真術のない時代のブロマイドで、大人の女性が「今年はこの人」と選ぶ楽しみだった。歌舞伎人気の入れ替わりがそのまま板の売れ行きに響き、明治以降は絵柄が政治家・軍人・力士へと広がる。時事ネタで作る「変わり羽子板」が浅草の看板商品として定着し、令和の現在も同じ発想で作り続けられている。2024年の浅草寺の市では大谷翔平・藤井聡太、政界では石破茂の羽子板が並んだ。写真の代わりに板を買い、玄関に飾って一年をふり返る。ブロマイドがブロマイドを、SNSがSNSを消費する現代でも、この観賞用羽子板だけが同じ姿で残っている。

歌川豊国 風流役者地顔五節句 正月之図(国立国会図書館蔵)
歌川豊国「風流役者地顔五節句 正月之図」(19世紀初頭)。歌舞伎役者を描いた羽子板が正月の遊びと重ねて描かれている。
写真: 国立国会図書館デジタルコレクション(Public Domain), via Wikimedia Commons
360年続く浅草の市

浅草寺の「歳の市」は、両国橋が架けられた1659年ごろから続く江戸最古の年末市とされる。12月18日は「納めの観音」の縁日で、その17〜19日を中心に、境内には正月用品と縁起物の店が並んだ。当初は餅・注連縄・門松の市だったが、明治以降は羽子板の露店が主役になり、通称が「羽子板市」に置き換わっていく。現在、市に並ぶ羽子板は約1万枚。15センチの豆羽子板から2メートル近い大作までが職人ごとの屋根の下に並び、値決めの手締めが響く。「羽子板の絵柄になるかどうか」がその年の人気のバロメーターと言われ、業界内では毎年11月頃から誰の羽子板を作るかを非公式に絞り込む攻防が続く。取材が集中するのは初日の17日の朝、大手職人の露店。テレビカメラの前で紹介されると、その年の「変わり羽子板」が一気に売れる。

1910年頃の羽子板店(米議会図書館蔵のガラス乾板)
1910年頃の羽子板店。押絵羽子板がずらりと並び、母子で品定めをしている。米議会図書館が所蔵するガラス乾板写真で、当時から浅草の羽子板文化が観光客の目を引いていた記録でもある。
写真: Bain News Service(Public Domain), via Library of Congress / Wikimedia Commons

いまも買える

現行の入口は二つ。飾り用の押絵羽子板は東京・埼玉の職人工房が現役で作り続けており、遊び用の羽子板と羽根は玩具メーカーが安価に量産している。

スポンサーリンク

押絵羽子板 10号 かむろ むさしや豊山
江戸押絵羽子板「かむろ」(むさしや豊山・楽天)。本絹を綿でふくらませて板に貼る、江戸元禄からの技法で作られる観賞用。
源氏物語羽子板 真木柱 はねつき遊び用
遊び用の羽子板(森重玩具・楽天)。羽根の玉は今も本物の無患子(むくろじ)の実。

メモ

  • 浅草寺の歳の市は江戸で最も古い年末市とされ、盛期は250軒の露店が出た記録がある。現在は約50軒。
  • 「変わり羽子板」に選ばれた著名人は、その年の話題性の指標として業界外にも報道される。過去には吉田茂、美空ひばり、王貞治、ダイアナ妃、イチロー、羽生結弦、藤井聡太、大谷翔平など。
  • 負けた人の顔に墨を塗る羽根つきの罰ゲームは、江戸期の浮世絵に繰り返し描かれる定番の画題だった。
  • 羽子板の材料は伝統的に桐材。軽く反りにくいため、羽根を打ち返すコシと、押絵の重量に耐える強度の両方に向く。
  • 春日部(埼玉)は桐箪笥の産地でもあり、羽子板と桐工芸が同じ地域で発達した。
  • 羽根の玉に使う無患子は、種の中に発芽抑制物質を含むため、江戸期には洗濯や洗髪の泡立て剤としても使われた。ソープナッツと呼ばれる同属種は今もインドで洗剤として売られている。

購入先

江戸押絵羽子板の代表的な作例(10号・むさしや豊山「かむろ」)は33,000円(2026年7月時点)。遊び用の羽子板は1,000円台から入手できる。

関連

伝統・郷土玩具
赤べこ(あかべこ)
伝統・郷土玩具
こけし
伝統・郷土玩具
だるま
伝統・郷土玩具
招き猫(まねきねこ)
伝統・郷土玩具
けん玉
伝統・郷土玩具
張り子の虎(はりこのとら)
伝統・郷土玩具
こま(独楽)
伝統・郷土玩具
めんこ(面子)
伝統・郷土玩具
マトリョーシカ
伝統・郷土玩具
双六(すごろく)
伝統・郷土玩具
かるた・百人一首
伝統・郷土玩具
恩物(フレーベルの積み木)
伝統・郷土玩具
ジグソーパズル
伝統・郷土玩具
ドールハウス
伝統・郷土玩具
ディアボロ
伝統・郷土玩具
ロッキングホース
伝統・郷土玩具
手毬(てまり)
伝統・郷土玩具
さるぼぼ
伝統・郷土玩具
鯛車(たいぐるま)
伝統・郷土玩具
三春駒(みはるごま)
伝統・郷土玩具
アメリカントイ
懐かし・絶版
科学玩具
ギミックゲーム
タイトルとURLをコピーしました