さるぼぼ顔がないのはわざと、赤は疱瘡除け、電子地域通貨にまでなった飛騨の身代わり人形

さるぼぼは、飛騨地方に伝わる赤い布の人形。「猿の赤ん坊」の意味で、母や祖母が娘・孫のために余り布で手作りしてきた身代わりのお守り。顔に目鼻口が無いのは省略でも簡略化でもなく、意図された仕様――持ち主の感情に合わせて表情を映す「鏡」であり、同時に「誰の顔にもなれる=誰の身代わりにもなれる」機能を持つ。伝統色の赤は疱瘡(天然痘)除けの色として選ばれたもので、江戸期の疫病流行と結び付いて定着した。サムネイルは飛騨国分寺境内の「満願成就の棚」に奉納された大小のさるぼぼ。2017年からは飛騨信用組合が電子地域通貨「さるぼぼコイン」を運用し、布のお守りが町の日常決済インフラにもなっている。
写真: 663highland, CC BY 2.5, via Wikimedia Commons
基本スペック
特徴
- 顔に目鼻口を描かない。省略ではなく仕様で、持ち主の感情を映し、誰の身代わりにもなれる機能を持つ
- 手足を体の四方に伸ばし、頭には烏帽子型の被り物、腹掛けと帯を巻いた三角シルエット
- 伝統色は赤(疱瘡除け)。1980年代以降にピンク・黄・青・緑・黒・金など色を拡張し、それぞれ後付けの意味が振られた
- 京都・八坂庚申堂の「くくり猿」と造形・機能ともほぼ同族。民俗学の身代わり人形の系譜に位置する
誕生と歴史
(諸説)
室町期
疱瘡流行
12月
8月末
奈良期の宮廷の身代わり形代が、江戸の疱瘡流行で赤い色を得て、山間の飛騨に残り続け、20世紀後半に観光土産化して、21世紀に電子マネーになった。時代ごとに役割が書き足されてきた稀な系譜を持つ。以下、書き足しの節目を5つ。
さるぼぼに目鼻口が無いのは、簡略化でも省略でもなく、意図された仕様として説明されている。持ち主の感情に合わせて笑って見えたり悲しんで見えたりする「映し鏡」であり、同時に「誰の顔にもなれる=誰の身代わりにもなれる」お守りだからだという。京都の八坂庚申堂に吊るされる「くくり猿」も同じく顔を描かない系譜で、民俗学ではくくり猿を「サルボボ型」と「ククリザル型」の二種に分類する。つまり顔のなさはローカルな癖ではなく、庚申信仰も交える日本の身代わり人形の系譜そのもの。飛騨は都で廃れた古い都文化が周辺に残った側という説明のされ方をする。
パッケージや観光ポスターの朱赤にはちゃんと理由がある。江戸期に天然痘が繰り返し流行した際、赤色には疱瘡神を退ける霊力があると信じられ、赤い布・赤い張子・赤い衣類が疱瘡除けとして各地で用いられた。飛騨のさるぼぼが赤主体になるのもこの流れで、単なるお洒落や染料の都合ではなく、命がけの魔除けとして選ばれた色。会津の張り子の赤べこ、江戸の赤達磨、金太郎の赤い肌着など、日本各地の「赤いお守り」はほぼ同じ疱瘡除けの信仰系譜に連なる。現代のピンク・黄・青・緑・黒・金といったカラー展開は、後の観光土産化以降に「金運」「恋愛運」など後付けで意味が振られたもので、赤だけは由緒が別格に古い。
現在のさるぼぼは7色前後のカラー展開がある。赤=無病息災、ピンク=恋愛・良縁、黄=金運、青=仕事・勉強、緑=健康、黒=厄除け、金=商売繁盛――というのが定着した割り当てだが、これは1980年代以降の観光土産化フェーズで自然に付いた意味で、明確な公式制定者は確認できない。赤以外の色は業界内で徐々に定着したパターンで、店ごとに微妙に色の意味が違うこともある。伝統色の赤の由緒が江戸期の疫病史に遡るのに対し、他の色は「土産物としてバリエーションを増やす」需要から生まれた新しい歴史を持つ。
写真: Oren Rozen, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
「江戸期から続く飛騨土産の定番」と紹介されがちだが、家庭内で手作りされていた時代が長く、観光客向け土産品として本格的に商品化されたのは1978年頃、地元「オリジナル観光出版」の商品化がきっかけと整理されている。地域団体商標登録は2007年、岐阜県郷土工芸品指定は2008年で、公的なブランド化はここ十数年の出来事。「昔ながらの飛騨土産」の顔をしたわりに、土産物としての歴史はまだ50年に満たない、比較的新しい観光ブランドという意外な事実がある。
2017年12月、飛騨信用組合が電子地域通貨「さるぼぼコイン」を正式にリリースした。1コイン=1円、スマホでQR決済、加盟店は高山市・飛騨市・白川村の1,600店超。2021年8月末時点でユーザー22,000人・累計流通額は約43億円に達し、行政サービスの支払いにも使われるまで浸透している。地域通貨は全国に多いが、これは金融機関自らが運営する事例として全国から視察が来るレベル。「郷土玩具が地域通貨の顔になった」というのは、他の民芸品ではまず起きていない出来事。市街地には「さるぼぼバス」も走り、高山グリーンホテル内には「さるぼぼ神社」もあり、キャラクターというより地域共通の記号として運用されている。
写真: 極地狐, CC BY-SA 2.0, via Wikimedia Commons
いまも買える
現行の入口は二つ。飛騨産地の手作り工房が作る本格の1体と、色違いのミニチュアが揃うストラップセット。飛騨のさるぼぼ製造協同組合の登録商標「飛騨のさるぼぼ」を掲げる工房が現役で作り続けている。
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メモ
- 「飛騨のさるぼぼ」は地域団体商標第5087585号(2007年11月2日登録・飛騨のさるぼぼ製造協同組合)。飛騨産地で組合員が作った品だけがこの名を掲げられる。
- 飛騨国分寺境内の庚申堂には古いさるぼぼが無数に奉納されており、「奉納→年一回の供養→焼納」のサイクルで運営される。
- 民俗学的には京都・八坂庚申堂の「くくり猿」、大阪や奈良の「身代わり申」と同族の身代わり人形。庚申信仰では猿が災いを引き受ける存在とされる。
- コロナ禍以降、作り手の職人が高齢化・不足しており、地元企業が制作難度を下げた「福々(ぷくぷく)さるぼぼ」を開発して担い手の裾野を広げようとしている。
- 「さるぼぼコイン」の名前は飛騨信用組合の内部プロジェクト名から取られたもので、地域通貨としては金融機関直営で電子マネーとしても機能する珍しい構造。
- 白川郷・下呂温泉など飛騨圏の観光地には、さるぼぼモチーフの看板・キャラクター・食品(さるぼぼアイス等)が広く分布する。
購入先
飛騨高山の手作り工房が作る本格さるぼぼは3,333円、3色ストラップセットは1,333円(2026年7月時点)。どちらも楽天で現行販売がある。
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