プラキシノスコープ映画より3年早くアニメを上映した男の、鏡の回転のぞき箱

プラキシノスコープは、絵の帯を入れた回転ドラムの中央に鏡の柱を立てた光学玩具。1877年、パリのエミール・レイノーが考案した。先行するゾートロープはスリット越しにのぞくため像が暗かったが、これは回転する12面の鏡が絵を次々に映すため、明るく切れ目のないアニメーションが見える。レイノーはこの玩具を上映装置へ育て、1892年——リュミエール兄弟の映画より3年早く——パリでアニメーション興行を始めた。玩具から映画前夜まで駆け上がり、セーヌ川に沈んで終わった発明。
写真: Gerarus, CC BY 4.0, via Wikimedia Commons(モスクワ映画博物館蔵のプラキシノスコープ)
基本スペック
特徴
- ゾートロープの弱点だった「スリット越しの暗い像」を、回転する鏡柱で解決した。像は明るく、ちらつきが少ない
- ドラムと鏡が同じ軸で回るため、鏡に映る絵は常に静止して見え、コマだけが入れ替わる。機構としてはこれだけで、電気も光源もいらない
- ランプとレンズを組み合わせた投影型、背景画と合成する「テアトル」型など、居間の玩具から劇場装置まで一つの原理で拡張された
- 絵の帯は差し替え式。跳び縄、水車、曲馬など12コマ1周の題材が量産された
誕生と歴史
10月28日
12月
3月
1月
居間の玩具からアニメーション興行の頂点まで15年。その全区間が、写真映画の誕生前夜の時期とそのまま重なっている。以下、機構・興行・結末の3つの筋をたどる。
原理は置き換えの一手。ゾートロープは回転ドラムのスリット越しに内側の絵をのぞく構造で、スリットがシャッターの役を果たす代わりに像が暗かった。プラキシノスコープはこのスリットを捨て、ドラムの中央に絵の枚数と同じ12面の鏡柱を立てた。ドラムと鏡が同じ軸で回ると、鏡に映る絵はちょうど中央で静止して見え、回転につれてコマだけが入れ替わる。シャッターなしでちらつきを消した機構で、レイノーはこれを「ゾートロープの改良」として特許化した。
図: Émile Reynaud, Public domain, via Wikimedia Commons
1892年10月28日、パリのグレヴァン蝋人形館で始まった「光のパントマイム」は、写真の映画が生まれる3年前のアニメーション興行だった。テアトル・オプティークの帯は1本500〜600コマ、1枚ずつ手描き・彩色で、上映時間は10分を超える。レイノーは毎回自分の手でクランクを回し、速度も逆回しも生で操作した。演目『哀れなピエロ』にはガストン・ポーランが伴奏曲を書き下ろしており、映画のために作曲された最初期の音楽とされる。興行は8年続き、公演約1万2千回・観客約50万人。リュミエールのシネマトグラフが登場した後も5年近く続いたが、複製の効かない手描き興行が量産される写真映画に勝てる道はなかった。
図版: Louis Poyet, Public domain, via Wikimedia Commons
興行終了後のレイノーに、次の仕事はほとんど来なかった。写真映画の時代に手描きの装置は売れず、蓄えは尽き、1910年頃、機材と帯フィルムの大半を自らセーヌ川に投げ捨てたと伝わる。1918年1月、パリ郊外の療養施設で死去。世界最初のアニメーション作家の作品で現存するのは『哀れなピエロ』と『キャビンをめぐって』の2本だけになった。生き残った帯はシネマテーク・フランセーズなどが保存・復元しており、上の「水車」のように、玩具用の12コマの帯も今はデジタルで動く形に起こされている。
遊び方
12コマの絵の帯を輪にして、ドラムの内側の壁に沿わせてセットする。
台座の軸をつまんでドラムを回す。速すぎず、一定の速さで回し続けるのがコツ。
スリットではなく、中央の鏡の柱を見る。鏡の中で絵がその場にとどまったまま、コマだけが入れ替わって動き出す。
帯を差し替えれば別の演目になる。逆向きに回せば逆再生も見られる。
入手について
現行の量産品はなく、国内通販には工作キットも見当たらない(2026年7月時点)。出会うなら博物館か骨董市場になる。実物はポワシー玩具博物館(仏・テアトル型)、パリ工芸院博物館(1902年製の立体視型)、モスクワ映画博物館などが収蔵・展示している。19世紀に玩具として量産されたため、欧州の骨董市場にはドラムと帯のセットが現存する。
メモ
- 名前はギリシャ語のプラクシス(動作)とスコペイン(見る)から。「動作を見る器械」の意。
- 1888年の特許に含まれた帯の送り穴は、映画フィルムのパーフォレーションに先行する仕組みとして映画史で言及される。
- 投影型は家庭向けにも売られ、1882年の図解には白い幕に映して家族で囲む使い方が描かれている。
- 興行の舞台だったグレヴァン蝋人形館は、現在もパリで営業している。
- 玩具版の絵の帯は跳び縄・水車・曲馬・海水浴など日常の題材が中心で、1セットに複数本が付属した。
- 1879年には舞台の書き割り越しにアニメーションを見る豪華版「プラキシノスコープ・テアトル」も発売された。ポワシー玩具博物館(仏)に現物が残る。
- 立体視型(1902年製・パリ工芸院博物館蔵)まで派生を作り続けており、レイノーは同じ原理を四半世紀にわたり改良し続けたことになる。
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