プラキシノスコープ

プラキシノスコープ映画より3年早くアニメを上映した男の、鏡の回転のぞき箱

プラキシノスコープ(モスクワ映画博物館蔵)

1877年〜光学玩具アニメの祖
現在入手困難 — 製造は途絶え、骨董市場・博物館で出会える

プラキシノスコープは、絵の帯を入れた回転ドラムの中央に鏡の柱を立てた光学玩具。1877年、パリのエミール・レイノーが考案した。先行するゾートロープはスリット越しにのぞくため像が暗かったが、これは回転する12面の鏡が絵を次々に映すため、明るく切れ目のないアニメーションが見える。レイノーはこの玩具を上映装置へ育て、1892年——リュミエール兄弟の映画より3年早く——パリでアニメーション興行を始めた。玩具から映画前夜まで駆け上がり、セーヌ川に沈んで終わった発明。

写真: Gerarus, CC BY 4.0, via Wikimedia Commons(モスクワ映画博物館蔵のプラキシノスコープ)

基本スペック

考案者
エミール・レイノー(1844-1918)
誕生
1877年・パリ(特許取得)
名前
ギリシャ語のプラクシス(動作)+スコペイン(見る)
しくみ
12コマの絵の帯+中央の12面鏡
発展形
投影型(1880年)→テアトル・オプティーク(1888年)
入手状態
入手困難(骨董・博物館)

特徴

  • ゾートロープの弱点だった「スリット越しの暗い像」を、回転する鏡柱で解決した。像は明るく、ちらつきが少ない
  • ドラムと鏡が同じ軸で回るため、鏡に映る絵は常に静止して見え、コマだけが入れ替わる。機構としてはこれだけで、電気も光源もいらない
  • ランプとレンズを組み合わせた投影型、背景画と合成する「テアトル」型など、居間の玩具から劇場装置まで一つの原理で拡張された
  • 絵の帯は差し替え式。跳び縄、水車、曲馬など12コマ1周の題材が量産された

誕生と歴史

1832〜34年
フェナキストスコープ、ゾートロープが相次いで生まれ、「回すと絵が動く」玩具が欧州に広がる
1877年
科学講演の幻灯技師だったエミール・レイノーが、回転鏡式の「プラキシノスコープ」の特許を取得。翌1878年のパリ万国博覧会に出品され評価を受ける
1879年
科学誌『ラ・ナチュール』が図解入りで紹介。玩具として量産される
1880年
ランプとレンズで壁に映す投影型プラキシノスコープを開発
1888年
長い帯に手描きの絵を並べて映写する「テアトル・オプティーク」の特許を取得。帯の縁に送り穴を開けており、フィルムのパーフォレーションの最初期の例とされる
1892年
10月28日
パリのグレヴァン蝋人形館で興行「光のパントマイム」開幕。『哀れなピエロ』などを上映する、世界最初のアニメーション興行になる
1895年
12月
同じパリでリュミエール兄弟がシネマトグラフの初興行。写真による映画が娯楽の主役になっていく
1900年
3月
「光のパントマイム」興行終了。8年間で公演約1万2千回・観客約50万人
1910年頃
失意のレイノーが、機材とフィルムの大半をセーヌ川に投げ捨てたと伝わる
1918年
1月
パリ郊外イヴリー=シュル=セーヌの療養施設で死去。73歳だった

居間の玩具からアニメーション興行の頂点まで15年。その全区間が、写真映画の誕生前夜の時期とそのまま重なっている。以下、機構・興行・結末の3つの筋をたどる。

鏡の箱のしくみ

原理は置き換えの一手。ゾートロープは回転ドラムのスリット越しに内側の絵をのぞく構造で、スリットがシャッターの役を果たす代わりに像が暗かった。プラキシノスコープはこのスリットを捨て、ドラムの中央に絵の枚数と同じ12面の鏡柱を立てた。ドラムと鏡が同じ軸で回ると、鏡に映る絵はちょうど中央で静止して見え、回転につれてコマだけが入れ替わる。シャッターなしでちらつきを消した機構で、レイノーはこれを「ゾートロープの改良」として特許化した。

ゾートロープ(回転のぞき絵)回すと絵が動き出す、スリット越しの19世紀アニメ装置ページを見る ▸
レイノーの絵の帯「水車」の復元アニメーション
レイノーが1878年に描いた12コマの帯「水車」の復元アニメーション。原画はシネマテーク・フランセーズ収蔵。
図: Émile Reynaud, Public domain, via Wikimedia Commons
映画より3年早かった上映会

1892年10月28日、パリのグレヴァン蝋人形館で始まった「光のパントマイム」は、写真の映画が生まれる3年前のアニメーション興行だった。テアトル・オプティークの帯は1本500〜600コマ、1枚ずつ手描き・彩色で、上映時間は10分を超える。レイノーは毎回自分の手でクランクを回し、速度も逆回しも生で操作した。演目『哀れなピエロ』にはガストン・ポーランが伴奏曲を書き下ろしており、映画のために作曲された最初期の音楽とされる。興行は8年続き、公演約1万2千回・観客約50万人。リュミエールのシネマトグラフが登場した後も5年近く続いたが、複製の効かない手描き興行が量産される写真映画に勝てる道はなかった。

投影型プラキシノスコープの図解(1882年)
投影型プラキシノスコープの図解(『ラ・ナチュール』1882年)。居間の玩具が映写機へ向かう中間段階。
図版: Louis Poyet, Public domain, via Wikimedia Commons
セーヌ川に沈んだフィルム

興行終了後のレイノーに、次の仕事はほとんど来なかった。写真映画の時代に手描きの装置は売れず、蓄えは尽き、1910年頃、機材と帯フィルムの大半を自らセーヌ川に投げ捨てたと伝わる。1918年1月、パリ郊外の療養施設で死去。世界最初のアニメーション作家の作品で現存するのは『哀れなピエロ』と『キャビンをめぐって』の2本だけになった。生き残った帯はシネマテーク・フランセーズなどが保存・復元しており、上の「水車」のように、玩具用の12コマの帯も今はデジタルで動く形に起こされている。

遊び方

1

12コマの絵の帯を輪にして、ドラムの内側の壁に沿わせてセットする。

2

台座の軸をつまんでドラムを回す。速すぎず、一定の速さで回し続けるのがコツ。

3

スリットではなく、中央の鏡の柱を見る。鏡の中で絵がその場にとどまったまま、コマだけが入れ替わって動き出す。

4

帯を差し替えれば別の演目になる。逆向きに回せば逆再生も見られる。

入手について

現行の量産品はなく、国内通販には工作キットも見当たらない(2026年7月時点)。出会うなら博物館か骨董市場になる。実物はポワシー玩具博物館(仏・テアトル型)、パリ工芸院博物館(1902年製の立体視型)、モスクワ映画博物館などが収蔵・展示している。19世紀に玩具として量産されたため、欧州の骨董市場にはドラムと帯のセットが現存する。

メモ

  • 名前はギリシャ語のプラクシス(動作)とスコペイン(見る)から。「動作を見る器械」の意。
  • 1888年の特許に含まれた帯の送り穴は、映画フィルムのパーフォレーションに先行する仕組みとして映画史で言及される。
  • 投影型は家庭向けにも売られ、1882年の図解には白い幕に映して家族で囲む使い方が描かれている。
  • 興行の舞台だったグレヴァン蝋人形館は、現在もパリで営業している。
  • 玩具版の絵の帯は跳び縄・水車・曲馬・海水浴など日常の題材が中心で、1セットに複数本が付属した。
  • 1879年には舞台の書き割り越しにアニメーションを見る豪華版「プラキシノスコープ・テアトル」も発売された。ポワシー玩具博物館(仏)に現物が残る。
  • 立体視型(1902年製・パリ工芸院博物館蔵)まで派生を作り続けており、レイノーは同じ原理を四半世紀にわたり改良し続けたことになる。

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