手毬(てまり)足で蹴る中空の革ボールが、色糸のかがり文様になるまで

手毬は、芯にぜんまい綿を巻き、色糸で幾何学模様に「かがって」作る球体。サムネイルは金沢・老舗記念館所蔵の一玉で、緑地に紅の菊花文様と黄・黄緑の三角モチーフが分点に配される、加賀の作風。ご先祖は中国から来た「蹴鞠(けまり)」=足で蹴る中空の革ボールで、平安の宮中で女性の手遊びに派生した後、16世紀末に綿を詰めて弾ませるようになった瞬間、地面につく遊び道具へと生まれ変わっている。江戸期には母が娘の嫁入りに魔除けとして持たせる工芸品となり、明治のゴム毬普及で一度玩具の座を降り、昭和末に工芸として復活した。玩具として一度死んで工芸として蘇った、珍しい経緯を持つ。
写真: Daderot, CC0, via Wikimedia Commons(老舗記念館・長町・金沢)
基本スペック
特徴
- 芯・地巻き糸・かがり糸の三層構造。色糸で「分点」を割り、正十二面体・正二十面体などの多面体を糸で表現する幾何学工芸
- 加賀てまりの多くは内部に小さな鈴が仕込まれ、振るとかすかに鳴る
- 元は女児の遊び道具。ゴム毬に敗れて一度衰退し、昭和末〜平成に「眺めるための手毬」として工芸復活を遂げた
- 母が嫁ぐ娘に「魔除け」として持たせる風習が加賀・沖縄など複数の地域に伝わる
誕生と歴史
(時期不詳)
明治初期
蹴る→つく→飾る、素材の変化のたびに遊び方そのものが反転してきた球体。以下、書き換えの節目5つ。
手でつく手毬の直接の先祖は、6〜7世紀に中国から伝わった蹴鞠(けまり)。鹿革を2枚縫い合わせて中身は中空という、まったく別物のような球体だった。平安の宮中で貴族男子の遊び・神事として定着した蹴鞠から、宮女らが手で受ける遊びが派生し、16世紀末に芯へぜんまい綿を詰めて弾ませるようになった瞬間、「地面につく」遊び道具へ生まれ変わる。球体の中身が「空」から「綿」に変わっただけで、遊びの動きが「蹴る」から「つく」へ180度回転した。素材の変化ひとつで遊び方が反転した、玩具史でも珍しい系譜になる。
加賀てまりのルーツは、1601年に徳川秀忠の次女・珠姫がわずか3歳で加賀藩前田家に輿入れした時、持参した手まりだと伝わる。城内の御殿女中が真似て作り始め、やがて「母が嫁ぐ娘に魔除けとして持たせる」風習として金沢城下に定着した。豪奢な五彩の花模様の内側にはたいてい小さな鈴が仕込まれ、振るとかすかに鳴る仕掛けが今も受け継がれている。前田家は加賀友禅・九谷焼・輪島塗・金箔と多くの工芸を育てた大名家だが、手まりだけは「3歳の政略結婚の花嫁道具」から始まっている異色の出自を持つ。
写真: Kokorico568, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
冒頭「あんたがたどこさ、肥後さ、肥後どこさ、熊本さ」の印象で熊本発祥と思われがちだが、歌詞そのものが関東方言で、地元研究者は埼玉県川越市喜多院裏の仙波山を発祥地としている。一説では幕末に薩長軍が川越に駐屯した際、子どもが兵士に「どこから来たの」と問いかけた問答が唄になったという。九州側では「それを木の葉でちょいと隠せ」の部分が「うまさのさっさっさー」に変わって伝わるなど、地方ごとに歌詞が違うのも特徴で、江戸期末〜明治初期のてまり唄は、参勤交代・軍隊移動・行商の口伝で全国を旅していた記録でもある。
沖縄には「十三祝い(トゥシビー)」という一巡目の年祝いがあり、その中の女児向けの風習が「十三マーイ」。祖母や母親が機織りの残り糸で作ったマーイ(=手毬)を13歳の孫や娘に贈り、「金の車に乗る(=良い縁に恵まれる)ように」と将来の幸福を祈る。手毬が玩具ではなく、生涯を守る護符として扱われた記憶が、本土よりくっきり残っている地域といえる。同じ球体の内側に、加賀の五彩と琉球の織り糸が別々の物語で入っているのが、この道具の面白いところ。
明治42年の夏目漱石『それから』にはすでに「護謨毬(ごむまり)」が登場し、3尺の高さからでも軽くつけると評されている。ゴム毬の普及で綿のかがり手まりは玩具の座を奪われ、讃岐でも作り手が途絶えかけた。復活は昭和58年の讃岐かがり手まり保存会発足以降で、1987年の県伝統的工芸品指定を経てようやく「眺めるための手毬」として再生した。玩具として一度死んで工芸として蘇った珍しい経緯を持ち、その復活の姿がいま「刺繍映え」でSNSに再登場している。以下は茨城の「日立てまり」の吊り展示で、地域ごとに違う色柄の玉が数十個並び、この工芸が地方ごとに独自の顔を持って残っている厚みが1枚で見える。
写真: Σ64, CC BY 4.0, via Wikimedia Commons
いまも買える
現行の入口は二つ。職人が受注で作る本格の加賀てまりと、家庭で自分で作る手芸キットが並行して手に入る。
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メモ
- てまり唄「あんたがたどこさ」の熊本発祥説は、九州側の伝承と関東側の伝承が並存する。歌詞語尾の「〜さ」は関東方言、地名「肥後」は九州の地名で、旅する唄として途中で書き換えられた可能性が高い。
- 加賀てまりの内部に仕込まれる鈴は、赤ん坊の玩具用と同じ真鍮製の音鈴。振ると籠もった音がする。
- 讃岐かがり手まりの芯にはモミガラを使い、糸は讃岐三白のひとつ木綿糸を草木染めしたもの。地元の農産物と繊維産業の集合体でもある。
- 民俗学者の柳田国男は『母の手毬歌』(1937年)で、全国のてまり唄と手毬遊びの分布を採集した。
- 糸のかがりで表現される幾何模様は、正十二面体・正二十面体などの多面体の面分割そのもの。数学の教材として使われた例もある。
- 沖縄の「十三マーイ」は今も一部地域で続く風習で、機織りの残り糸を再利用する持続可能性の側面も併せ持つ。
購入先
加賀てまり「八重菊と松葉(大)」は16,500円、タカギ繊維の入門キットは1,584円(2026年7月時点)。職人品と手作りキットの両方が楽天で手に入る。
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