張り子の虎(はりこのとら)ゆらゆら首を振る、端午の節句と疫病よけの縁起虎
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張り子の虎は、和紙を張り重ねて作る首振り式の虎の人形。首は胴と別に作って糸で吊ってあり、わずかな振動でもうなずくように首を揺らす。子どもの健やかな成長を願う端午の節句の飾り、疫病よけの縁起物として江戸時代から親しまれ、「張り子の虎」ということわざの語源にもなった。
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楽天 参考価格 ¥2,780〜 税込・サイズ/店舗により変動
基本スペック
特徴
- 木型に和紙を張り重ねて作る「張り子」製の虎。中は空洞で、見た目より軽い
- 首は胴と別に作って糸で吊ってあるため、わずかな振動でも首を左右に振る。「首振り虎」とも呼ばれる
- 大きく開けた口と、ピンと張ったヒゲが定番の顔つき。一つずつ手描きのため、表情はすべて違う
- 虎のように強くたくましく育つよう願い、端午の節句に鎧兜の脇に飾られる
- 讃岐(香川西部)のものは15cmの豆虎から全長1m級まであり、大きなものは子どもがまたがってもびくともしない
誕生と歴史
(1687)
(1773)
(1822)
江戸時代、コレラは「虎狼痢」などと虎の字を当てて書かれた。文政5年(1822)に大坂でコレラが流行すると、薬の町・道修町(どしょうまち)の薬種仲間は和漢薬を配合した丸薬「虎頭殺鬼雄黄圓(ことうさっきゆうおうえん)」を作り、病除け祈願をした張り子の虎とともに無償で配ったと伝わる。病名にも薬にも「虎」の字が入っていたことから、お守りに虎が選ばれた。この張り子の虎は、道修町の少彦名(すくなひこな)神社で今も家内安全・無病息災のお守りとして授与されている。
古典では「虎は千里往って千里還る」といわれ、一日に千里を駆けてなお千里を戻る勢いの盛んさと、必ず帰ってくる無事の象徴とされた。虎の武勇にあやかって子どもの健やかな成長を祈る気持ちから、張り子の虎は端午の節句や、讃岐では八朔(旧暦8月1日)の祭りの飾り物として古くから愛用されてきた。
つくり
讃岐の張子虎を例にとると、作り方はおおむね次の通り。
木型に白地の和紙を何枚も張り重ね、乾かしてから型を抜く。
胴と首を別々に作り、足を付けて虎の形に組み上げる。
地色を塗り、縞模様と顔を一つずつ手描きして、首を糸で吊って仕上げる。
首がやじろべえのように釣り合って乗っているだけなので、置いた台がわずかに揺れるだけでも、うなずくように首が動く。
虎の里
香川県西部(西讃)は張子虎の産地で、県の伝統的工芸品に指定されている。明治初年創業の田井民芸などが手作りを続けるが、技術を継承する工房はいまやわずか2軒ほどとされる。田井民芸の虎の縞模様は、江戸中期から明治初期の書物に残る毛筆の筆跡を虎模様に見立てたものという。
薬の町・道修町の少彦名神社は、日本の薬祖神・少彦名命と中国医薬の祖神・神農炎帝を祀り、「神農さん」と呼ばれる。毎年11月22・23日の例大祭「神農祭」では、病除けのお守りとして張り子の虎が授与される。「大阪の祭りはえべっさんに始まり神農さんで終わる」といわれ、一年の祭りを締めくくる「とめの祭」として親しまれている。
このほか福島の三春、東京、静岡、名古屋、京都・伏見、島根の出雲、博多、柳川など、張り子の虎は全国の人形産地で作られてきた。同じ虎でも、産地ごとに姿も表情もまるで違う。
いろいろな張り子の虎
定番の黄色い虎のほかにも、産地や願いに応じたさまざまな虎が作られている。
メモ
- ことわざの「張り子の虎」には二つの意味がある。首を振るくせから「主体性がなく、何にでもうなずく人」、中身が空洞であることから「見掛け倒しで虚勢を張る者」。
- 英語にも「paper tiger(紙の虎)」という同じ発想の表現がある。こちらは中国語の「紙老虎」に由来するとされ、やはり見掛け倒しの意味で使われる。
- 神農祭は大阪市の無形文化財。祭りの二日間は、ビジネス街の道修町通に露店が並ぶ。
- 張り子の技法で作られる郷土玩具は虎だけではない。会津の赤べこ、東京の犬張子、各地のだるまも同じ張り子の親戚にあたる。
- 寅年の正月には干支飾りとして需要が集中し、産地の工房はフル稼働になる。
購入先
讃岐の張子虎は、産地の工房や節句人形店を通じて今も手に入る。手のひらに乗る豆虎から全長1m級の特大まで幅があり、端午の節句の脇飾りのほか、干支の置物や厄除けとして一年中飾られる。
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