かるた・百人一首南蛮渡来の「carta」を、貝合わせの国が作り替えた450年の札遊び

かるたは、読み手が札を読み上げ、取り手が場に散った札を探して取る日本の札遊び。語源はポルトガル語の「carta(カード)」。16世紀後半に南蛮船が運んできたトランプが国内で作り替えられ、賭博の札、和歌の札、ことわざの札へと枝分かれした。配られた手札で駆け引きする世界のカードゲームに対し、「読む・聞く・探して取る」というかるたの構造は日本で生まれた形。いろはかるたも百人一首も花札も、たどれば同じ一枚のcartaに行き着く。
写真: Hiart, CC0, via Wikimedia Commons(滋野井公澄筆と伝わる18世紀の歌かるた・ホノルル美術館蔵)
基本スペック
特徴
- 読み手が1人いて、残る全員が取り手になる。手札を配らず、場の札を奪い合う——世界のカードゲームの中でも珍しい「聞く」構造
- 絵札と文字札、または読み札と取り札の二枚一組が基本。対を合わせる骨組みは、平安時代の貝覆い(貝合わせ)に通じるとされる
- 中身は入れ替え自由。ことわざ(いろはかるた)、和歌(百人一首)、方言や郷土の名物(郷土かるた)まで、同じ骨組みで何でも運べる
- 賭博の道具として禁令を受け続けた系統(天正かるた→花札)と、文芸・教育の遊びとして生き残った系統(歌がるた・いろはかるた)に早くから枝分かれした
誕生と歴史
(1573-92)
〜中期
伝来からおよそ450年。トランプとして入ってきた札は、禁令にもまれて花札へ、和歌と結びついて歌がるたへ、ことわざと結びついていろはかるたへ分かれた。日本の札遊びの大半は、この一枚のcartaの子孫にあたる。
現存する最古級の国産かるた「天正かるた」の札の裏には、「三池住貞次」という工人の銘がある。三池は筑後国、現在の福岡県大牟田市。ポルトガルのトランプと同じ4スート48枚の構成で、木版に手彩色を施して作られた。当時の文書には三池製の札が上物とされた記述が残り、のちに生産の中心は消費地の京都へ移っていく。大牟田市にはこの縁で「三池カルタ・歴史資料館」が置かれている。国内で唯一の、かるた専門の公立資料館になる。
図版: 作者不詳, Public domain, via Wikimedia Commons
天正かるたは賭博の道具として広まり、幕府の禁令を繰り返し受けた。禁じられるたびに、名前と絵柄と枚数を変えた新型が現れる。48枚を75枚に増やした「うんすんカルタ」もその一つで、天和期(1681年頃)に記録が現れる。名前の「うん」「すん」はポルトガル語由来とされる。明治期にはほぼ姿を消したが、熊本県人吉市の鍛冶屋町にだけ遊び方ごと伝承が残り、1965年に県の重要無形民俗文化財に指定された。返事がないことを指す「うんともすんとも言わない」の語源をこのかるたに求める説もある(一説)。
写真: Outlookxp, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
賭け事への禁令は、かるたが最初ではない。サイコロを使う盤双六には、持統天皇が689年に禁令を出している。日本の遊びの歴史は、禁令の歴史と重なって進む。
双六(すごろく)天皇が禁令を出してから1300年、サイコロひとつの国民遊戯ページを見る ▸
百人一首は、13世紀に歌人・藤原定家が京都の小倉山荘で百人の歌を一首ずつ撰んだものと伝わる。これが札遊びになるのは江戸時代。歌貝の伝統と舶来のかるたが合流し、上の句を読んで下の句の札を取る「歌がるた」の形が定まった。木版印刷での量産が始まると、宮中や武家の遊びだった和歌は庶民の正月の畳に降りてくる。明治37年(1904年)には新聞『萬朝報』の黒岩涙香がばらばらだった遊び方を統一し、競技としての第1回大会を開いた。現在の競技かるたはこのルールの直系にあたる。
写真: George Grantham Bain Collection (Library of Congress), Public domain, via Wikimedia Commons
ことわざを一字ずつ集めたいろはかるたは、江戸後期に上方で生まれ、各地で中身を変えながら定着した。「い」の札は、江戸が「犬も歩けば棒に当たる」、京都が「一寸先は闇」。江戸版はこの札から「犬棒かるた」の通称を持つ。江戸・京都版は「いろは」47字に「京」の札(江戸版は「京の夢大坂の夢」)を足した48枚、大阪・尾張版は47枚と、枚数まで違う。同じ骨組みに土地ごとのことわざを載せ替えた結果で、郷土かるたが全国に無数にある下地もここにある。
1889年(明治22年)、山内房治郎が京都で花札の製造販売を始めた。屋号は任天堂。花札は天正かるたの流れをくむ賭博系かるたの末裔で、同店はやがてかるた・トランプ全般の国内大手になり、20世紀後半に玩具、そして家庭用ゲーム機へ事業を広げた。世界のゲーム企業の登記上の祖業は、いまもこの札作りにある。社名の由来は「運を天に任す」からとする説が知られる(一説)。
遊び方(散らし取り)
取り札を場に広げる。取り手は札を囲んで座る。
読み手が読み札を読み上げる。いろはかるたならことわざ、百人一首なら上の句。
取り手は対応する取り札を探して手で押さえる。早い者勝ち。違う札を押さえたら「お手つき」。
読み終えたとき、取った枚数が多い者が勝ち。
これが基本形。競技かるたは百人一首の取り札100枚のうち50枚だけを使い、自陣・敵陣に25枚ずつ並べ、試合前に15分の暗記時間を置く、まったく別物の対戦競技に発展している。
いまも買える
いろはかるたも百人一首も現行品が途切れたことはない。東京・神田神保町のかるた専門店「奥野かるた店」の江戸いろはかるたと、創業時からの製品を今も作り続ける任天堂の小倉百人一首が、それぞれ2千円前後で手に入る。
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メモ
- 競技かるたは「畳の上の格闘技」と呼ばれる。名人位・クイーン位戦の会場である近江神宮の祭神は、百人一首の一番歌「秋の田の」を詠んだ天智天皇。
- 百人一首の絵札だけで遊ぶ「坊主めくり」は、読み手がいらない遊び方として広まった。ルールの地域差・家庭差が大きい。
- 郷土かるたは全国に無数にある。群馬県の「上毛かるた」は県民の大半が読み札を暗唱できるといわれる。
- 花札は「花かるた」とも呼ばれた、かるた一族の賭博系の末裔。8×12か月の48枚構成に天正かるたの枚数が残る。
- 大牟田市立三池カルタ・歴史資料館は、天正かるた復元品からいろはかるたまでを常設展示する国内唯一のかるた専門資料館。
購入先
かるた専門店の製品も任天堂謹製の百人一首も、楽天で現行販売がある。小倉百人一首「金閣」は2,180円(2026年7月時点)。読み手さえいれば道具はこれ一箱で足りる。
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