マトリョーシカ箱根の入れ子人形から生まれたと伝わる、ロシアの母娘人形

マトリョーシカは、開けると中から一回り小さい人形が次々に現れる、ロシアの木製入れ子人形。頭巾姿の娘が描かれた姿は、いまやロシアそのものの象徴になっている。ところがその第一号が生まれる引き金になったのは、日本・箱根の入れ子人形だったと伝わる。誕生からわずか数年でパリ万博のメダルを取り、世界中の土産棚を席巻した、若くて国際的な「伝統玩具」でもある。
写真: Fanghong(切り抜き: Gnomz007), CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons(セミョーノフ系の伝統柄セット)
基本スペック
特徴
- 胴の真ん中で上下に開き、中から同じ顔の小さい人形が現れる。これを繰り返して最後は開かない豆粒サイズに行き着く
- 定番は頭巾(プラトーク)姿の娘。花柄のエプロンに鶏や花束を抱く
- 誕生は1890年代と新しく、民芸品としては異例のスピードで世界に広まった
- 産地ごとに顔と柄が違う。セミョーノフ、ホフロマ調、作家物の一点物まで幅広い
- 「マトリョーシカ構造」という言葉が生まれるほど、入れ子の代名詞になった
誕生と歴史
マトリョーシカの起源としてよく語られるのが日本起源説。19世紀末、箱根のロシア正教会避暑館に滞在した修道士が、箱根細工の入れ子七福神を持ち帰り、これを見た工房が入れ子人形を作った——という筋書きで、セルギエフ・ポサードの玩具博物館には、第一号マトリョーシカと箱根の七福神入れ子が並べて展示され、日本から着想を得た旨のキャプションが付いている。「こけしがモデル」という説も流布しているが、こけしはそもそも分割しない一本彫りで、入れ子の技術を持つ箱根細工説の方が筋が通る。ろくろで挽いた木の人形という点では、たしかに遠い親戚ではある。
第一号マトリョーシカは8ピース構成。いちばん外は黒い鶏を抱いた娘で、開けると息子、また娘……と家族が続き、最後はおくるみの赤ん坊で終わる。挽いたのはろくろ師ワシーリー・ズヴョズドチキン、絵付けは画家セルゲイ・マリューチン。素朴な農家の子どもたちを描いたこの一組は、いまもセルギエフ・ポサードの玩具博物館に現存する。

写真: RK812, Public domain, via Wikimedia Commons(第一号マトリョーシカ。鶏を抱いた娘から赤ん坊まで8ピース。セルギエフ・ポサード玩具博物館)
マトリョーシカは、当時のロシアでありふれた女性名マトリョーナの愛称形。名前の根はラテン語のmater(母)につながり、肝っ玉母さんを思わせる名前だった。母の中から子が、子の中から孫が現れる人形に、これ以上ない名前が選ばれたことになる。
つくり
よく乾かした菩提樹や白樺の木を、ろくろで挽いて形を出す。
作るのは、いちばん小さい開かない人形から。これを基準に、一回りずつ大きい「入れ物」を挽いていく。
白木に下地を塗り、顔と柄を手描きして、ニスで仕上げる。ぴたりと閉まる合わせ口が職人の腕の見せどころ。
いまも買える
マトリョーシカはロシア製の現行品が普通に輸入されている。伝統柄のセットのほか、絵付け前の白木セットを買って自分の家族を描く遊び方も人気がある。
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メモ
- 作るときは最小の人形が先。木の乾燥と収縮を見越して、内側から外側へ挽いていく。
- 産地の代表はセミョーノフ(黄色い頭巾と大きな花柄)とセルギエフ・ポサード。顔立ちで産地が見分けられる。
- ソ連末期からは歴代指導者を入れ子にした風刺マトリョーシカが土産物に登場し、いまも定番ネタになっている。
- 「マトリョーシカ構造」は入れ子状の仕組みを指す言葉として、技術や物語の分野でも使われている。
- 箱根では今も寄木細工・ろくろ細工の入れ子が作られている。里帰りのように、箱根土産のマトリョーシカもある。
購入先
ロシア製の伝統柄セットは数千円から手に入る。開けても開けても次が出てくる仕掛けは、130年前のモスクワの子どもと同じように、いまの子どもにも効く。
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