ブリキ玩具|空き缶から二度生まれ、世界を魅了した金属のおもちゃ

ブリキ玩具空き缶から二度生まれ、世界を魅了した金属のおもちゃ

ゼンマイ式のブリキロボット(復刻品)

独→日本昭和レトロ輸出の王者

ブリキ玩具は、錫(すず)をめっきした薄い鉄板「ブリキ」をプレスして作る金属のおもちゃ。19世紀のドイツで生まれ、日本では明治にランプの空き缶の再利用から始まり、戦後は進駐軍の空き缶から再出発した。1950〜60年代には自動車・ロボット・宇宙ものの傑作を連発し、世界の子ども部屋を席巻した日本の輸出の王者。ゼンマイの音とともに、昭和がそのまま歩き出す。

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楽天 参考価格 ¥1,958〜 税込・復刻品。種類/店舗により変動

基本スペック

起源
19世紀半ばのドイツ
日本上陸
明治5年(1872)ごろ
素材
ブリキ(錫めっきの薄鉄板)
動力
ゼンマイ・フリクション・電動
全盛期
1950〜60年代
入手状態
復刻品が現行・原品は骨董

特徴

  • 薄い鉄板に錫をめっきした「ブリキ」製。軽くて加工しやすく、さびにくい
  • 色は塗るのではなく、平らな板のうちに印刷してからプレス成型する。この石版印刷の鮮やかさがブリキ玩具の華
  • 接着剤やネジをほとんど使わず、板から出た小さな爪(タブ)を折り込んで組み立てる
  • ゼンマイやフリクション(はずみ車)じかけで歩く・走る・火花を散らす。電池で目が光るものも
  • 戦後日本の主力輸出品のひとつで、特にロボットと自動車は「日本製」が世界の頂点だった

誕生と歴史

19世紀半ば
ドイツでブリキ玩具が生まれる。レーマン社などが精巧なゼンマイじかけを量産し、世界に輸出する
明治5年
(1872)ごろ
日本にブリキ玩具が登場。当初の材料は輸入ランプの空き缶の再利用だった
大正11年
(1922)
八幡製鉄所がブリキ板の製造を開始。材料が手に入りやすくなり、日本は玩具輸出国へ育っていく
1945年
12月
終戦からわずか4か月、小菅松蔵が進駐軍の空き缶からブリキのジープを作り、京都の百貨店で1個10円で発売。10万台以上を売る戦後玩具第1号になる
占領期
「Made in Occupied Japan」の刻印付きでアメリカへ輸出され、貴重な外貨を稼ぐ。輸出額は1948年の3.2億円から伸び続ける
1950〜60
年代
黄金期。ブリキの自動車・ロボット・宇宙船の傑作が次々に生まれ、丁寧な作りと造形のユニークさで世界的な評価を得る
1957年
野村トーイが映画『禁断の惑星』のロビーを模した「メカナイズドロボット」を発売。日本製ロボット玩具の名作と呼ばれる
1962年
ヨネザワが「ミスター・アトミック」を発売。8割が海外へ輸出され、のちに「ロボット玩具の王様」と呼ばれる
1970年代
プラスチックの普及とともにブリキは主役の座を降り、生産は急速に縮小する
1986年
コレクターの北原照久が横浜に「ブリキのおもちゃ博物館」を開館。コレクターズアイテムとしての再評価が定着する
空き缶から二度生まれた

日本のブリキ玩具は、二度とも空き缶から始まっている。一度目は明治初め、輸入ランプの空き缶を切り開いて材料にした。二度目は1945年の暮れ。東京から大津に疎開していた玩具職人・小菅松蔵は、街を走る進駐軍のジープを見て玩具化を思い立ち、駐留軍が捨てた缶詰の空き缶で全長10cmほどのジープを作った。京都の丸物百貨店で1個10円で売り出すと爆発的に売れ、10万台以上に達したと伝わる。焼け跡の子どもたちに最初に届いたおもちゃであり、日本の金属玩具産業復興の号砲だった。このジープは現在、有形民俗文化財になっている。

Made in Occupied Japan

占領期(1945〜52)の輸出品には「Made in Occupied Japan(占領下の日本製)」と刻むことが求められた。ブリキ玩具はこの刻印とともにアメリカへ渡り、食糧難の日本に貴重な外貨をもたらした。玩具が戦後復興の担い手だった証しとして、この刻印のある玩具は今やコレクターの探し物になっている。輸出はその後も伸び続け、1948年に3.2億円だった玩具輸出額は1975年には340億円に達した。

TN印の米空軍パトカーのブリキ玩具

写真: Ed Berg, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons(輸出向けの一例=TN印・野村トーイの米空軍パトカー・1960年代・全長約9cm。乗員も窓も印刷で描かれている)

ロボットの王国

1950年代、世界のブリキロボットの中心は日本だった。火付け役のひとつが1956年の映画『禁断の惑星』。登場する卵型のロボット「ロビー」を、野村トーイが翌1957年に「メカナイズドロボット」として玩具化し、ロビー型ロボット最大の傑作と呼ばれた。1962年にはヨネザワの「ミスター・アトミック」が続き、8割が海外へ輸出。現存数の少なさから「ロボット玩具の王様」の異名を取る。ブタミントンやチクタクバンバンを生んだあの野村トーイが、その前の時代には世界一のロボットを作っていた。

つくり

1

平らなブリキ板に、石版印刷で色柄をまとめて刷る。顔も服も計器も、この段階で描き込まれる。

2

印刷済みの板をプレスで打ち抜き、立体に成型する。

3

部品どうしは、板から出た小さな爪(タブ)を相手の穴に差して折り曲げて留める。ゼンマイやはずみ車を仕込んで完成。

ネジも接着剤もほとんど使わない爪組みは、大量生産と軽さを両立させたブリキならではの知恵になっている。

いろいろなブリキ玩具

ロボット、宇宙もの、そして本家ドイツのアンティークまで。ジャンルごとに名作が立ち並ぶ。

メカナイズドロボット(復刻)
ロボット:メカナイズドロボット(野村トーイ・1957/写真は復刻)。『禁断の惑星』のロビーを模した日本製ロボット玩具の名作。
写真: D J Shin, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons
ミスター・アトミック(復刻)
ロボットの王様:ミスター・アトミック(ヨネザワ・1962/写真は復刻)。8割が輸出され、現存の少なさで伝説になった。
写真: D J Shin, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons
電動アストロノーツ(復刻)
宇宙もの:電動アストロノーツ(写真は復刻)。宇宙開発競争の時代、宇宙飛行士やロケットはブリキの花形ジャンルだった。
写真: D J Shin, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons
レーマン社のブリキ自動車Tut-Tut
本家ドイツ:レーマン社「Tut-Tut」(1903〜35年製造)。ラッパを吹く運転手のゼンマイ自動車で、ブリキ玩具の源流ドイツの代表作。
写真: Alf van Beem, CC0, via Wikimedia Commons

メモ

  • 「ブリキ」の語はオランダ語のblik(薄い鉄板)に由来するとされる。英語ではtin toy。
  • 横浜・山手の「ブリキのおもちゃ博物館」(北原照久・1986年開館)には約3,000点が常設展示され、聖地になっている。
  • ビンテージのブリキロボットは世界のコレクター市場で高額取引の常連。箱付きかどうかで評価が大きく変わる。
  • 現行の復刻ゼンマイロボットは数千円前後から手に入り、レトロ雑貨として人気が続いている。
  • ブリキ玩具の名作を生んだ野村トーイは、のちにチクタクバンバンやブタミントンも生んだ会社。この図鑑では三度目の登場になる。

購入先

全盛期の原品は骨董市場の世界だが、ゼンマイじかけの復刻ブリキロボットは今も現行品として作られており、レトロ雑貨店や通販で手に入る。ネジを巻くとカタカタ歩く感触は当時のまま。飾ってよし、回してよしの昭和レトロ入門になる。

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